2017年11月27日月曜日

勤労感謝祭⑤

その後、俺たちはみんなでワイワイと酒を飲んだ。
「おい、なにをやっているんだ。感謝とは何の伏線だったんだ」とお思いになるだろうが、乾杯から歓談が始まった時に俺も全く同じ事を思ったので許して欲しい。
大体この集まりに巻き込まれただけの俺に非はないのだ。

仲の良さそうに飲み始めたメンバーに俺も引き込まれた。

「君が山岸君の友達だね。彼から話は聞いてるよ」
恰幅の良い男が 声をかけてきた。飲み始めたばかりなのに顔がすでに赤い。

「一体どんな話を聞いているんですか」
男にビールを注いでもらいながら尋ねてみた。
俺を褒め称える山岸の姿は毛ほども想像出来なかったが、もしかすると裏ではこっそり評価しているかもしれない。

「『もちろん学業に励むという事はなく、かといってサークルやアルバイトなどに励むという訳でもなく、一人前に捻れた恋愛感情を持ちながら、それが成就する事もなく、ただ日を鬱屈と生きている、今時珍しい学生という特権的モラトリアムの権化のような男だ』と山岸君は強く君を大絶賛していたよ」
俺の耳には全く絶賛しているようには聞こえなかったので、もっと美しい言葉と聞き間違えたのかもしれない。

「みなさんは愚者の会……でしたっけ。というかそもそも今日は何をするんです」
恰幅の良い男は早くも酩酊しかけていたので、俺は心の中にあった疑問を率直にぶつけてみた。

「そうとも、我々こそが愚者の会であるよ。それを一年前に作ったのが件の山岸君さ。それぞれ個人で暗躍していた我々を集めて交流出来る場を作ろう、この大学を混沌の渦に沈めよう、と言ってね」
とてつもなく迷惑な話である、と思ったが口にはしなかった。

「まぁ山岸君の事だからあくまでも建前に過ぎないとは思うがね。だが実際こうして集まると良い刺激があってね。うちの信者集めにも色々とアドバイスを貰っているしね」
ということはこの男がさっきの「ふろーふろーきょー」とかいう怪しい宗教の人間らしい。なんとなく見た目からしてこの男が教祖なのではないかと想像した。

「それで今日は勤労感謝祭だよ。我々が勤労な人々に感謝を示すにはどうすればいいと思うかい」
男の顔は真っ赤になっていて、右へ左へとふらふらし始めた。

「なんでしょう…………ゴミ拾いとか…」
俺は考えながら男に水を差し出した。
「我々がゴミ拾いなどしたら醜い建物を更地にしてしまいかねないさ。では、我々はどうすればいいか……」

男が水を一気に飲み干す。樽のような腹でぽちゃんと音がした。
「つまりは何もしないことだね。こうして酒を飲んで肴を食べてくだを巻くのだね。我々が何かしようとすればそれは必ず混沌につながってしまうのだよ。そういう星の下に生まれてしまったのだ、因果なのだよ」

男は立っているのが辛くなったのか、俺に一言断わるとふらふらと壁際に置かれた椅子へと歩いて行き、どしりと座った。椅子が壊れないか心配であった。

それからの事は酒も入り細密には覚えていないが、愚者の会の会員たちと何やら話しながら酒を飲み肴を食べた。
覚えはないが俺はどうにかして下宿まで帰ったようで、起きるとすでに昼前だった。
深酒をしたはずだが身体に酒が残っているような感じもなかった。そのため、昼寝をしてそのまま朝まで寝ていたのではないか、愚者の会なんて馬鹿げた集いはなく、山岸などという気の触れた友人はおらず、俺にはクリスマスを共に過ごす美しい恋人がいるのではないかと思うほどだった。

「変な夢を見たな……」
ただ本当に夢の中のことかどうか分からぬが、ショートカットの神秘的な美しい女性が佇み、こちらに暗闇のように上品な笑みを向ける姿が目に焼き付いていた。
名前を聞いたような気もするが、しばらく考えたものの思い出せなかった。
さて、彼女はどんな愚者であったのだろうか。

その日の夕方、俺はN記念館を見に行ってみた。
いくらか眺めてみたが、記念館の脇の植え込みに抜けられるような隙間はついに見つけられなかった。

愚者の会のことは夢のようにしばらくすると忘れていた。
(つづく)

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