2017年11月26日日曜日

勤労感謝祭③

俺は身長が高くない。決して低いとは言わないが高くはない。
かつて幼き時は身長順に整列すれば、クラスでも最後尾を狙えるポジションにいたが、中学生の頃にはすでに成長期が終わり、クラスメイト達は次々に俺を列の前へ前へと押し出していった。
しかし声をかけてきた男は俺よりもさらに身長が高くなかった。
ただその瞳は爛々と輝いていて、俺にかつて動物園で見た夜行動物を思い起こさせた。

「聞こえなかったのか?入館証がないなら話はここで終わりだ。すでに時間が押しているんだ」
男の声は苛立っていた。
自分に向けられた突然の怒りを理不尽に感じたが、もしかすると背の高くない私服の警備員なのかもしれない(その時点で可能性はだいぶ低い気もするが)
下手に抵抗の意を見せたら、事務室に補導され、密室でやってもない罪を自白させられ、しばらく陽の光を浴びられなくなるかもしれない。
アメリカなら手に持った物が銃器と見間違えられ、撃たれ、地面に伏すことになりかねないが、ここは日本で、手には山岸から渡されたチラシしかなかった。

「あ、あのすいません。なんのことでしょうか……」
俺は丁重な態度で敵意のないことを示そうとした。
決して自分よりも背の高くない男に少しばかり怯えてしまったわけではない。

男は俺の姿をざっと見て、
「なんだ持ってるじゃないか、入館証。早くついてきてくれ」
と言うと、建物の脇に生えた茂みの合間をするりと抜けて行った。
俺はなんのことかさっぱり分からなかったが、呆けているとまたどやされそうだったので男の後を追った。

道は道と呼ぶには細すぎて、着ていたコートに茂みの枝が次から次に刺さってきた。
男はそんな中を信じられないスピードで進むので、ついて行くのは不可能に感じられ、このまま茂みの中で身動きが取れなくなって人生を終えることになると思われた。
しかし、道はそれほど長くなく、気づくと建物の裏手、建物と塀の間にある小さな空間に出ていた。
男の姿はすでになかったが、見渡すと建物には古びた鉄扉が付いていた。
他に道もなく、ここから入っていったのだろうと思われた。
この建物にこんな扉があるとは、そもそもこんな空間があること自体知らなかったが、他に行く場所もなく、おそるおそるノブに手をかけ扉を引いた。
ぎぃっと音を立て重い扉が開く。

そこには地下へと降りる暗い階段が口を開いていた。

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